#018 全田和也さん

調和しながら生きている

「パーマカルチャー」という概念がある。パーマカルチャーでは、自然のシステムを活かし、物質やエネルギーなどの余剰物を適切に配分することで、地球を汚染したり搾取したりすることなく、人にとって心地よい環境をつくることを目指している。
2015年4月からの1年間、逗子にある保育園ごかんのもりで、パーマカルチャーのプログラム「パーマカルチャーと子どもの未来研究室」が開催された。以前よりパーマカルチャーに関心のあった私はすぐに参加を決め、毎月ごかんのもりへ通った。
このプログラムは、「子ども向け」「親子向け」ではなく、実に多様な年代、多様なバックグラウンドを持つ人たちが集っていて、皆で円座になって語り、学び、手を動かすことは、今思い出してもつい微笑んでしまうほど嬉しい時間だった。
私は、プログラムの前半は小学生を連れて、後半は小学生と生まれたばかりの赤ちゃんを連れて参加していた。普段は「子ども向け」「親子向け」と設定された場以外に子どもを連れていくと気疲れしてしまうのだが、このプログラムでは、子どもが子どもとしていることが当たり前のこととして受け入れられていたように感じた。
プログラムを終えた後、あの心地よい空間は何だったのだろう?あの場では、子どもはどんな存在として捉えられていたのだろう?という問いが私の胸に残っていた。このプログラムの企画者であり、NPO法人ごかんたいそうの代表理事である全田和也さんにお話を伺った。

1.育てるなんておこがましい

ごかんのもりの園庭。園庭の一部は菜園となっており、様々な種類の野菜が育てられている
ごかんのもりの園庭。園庭の一部は菜園となっており、様々な種類の野菜が育てられている

橋本:すごく気持ちいいですね。保育園というよりも、畑というか、森というか。なぜこういった園を作ろうと思ったんですか?

全田:5年前に披露山のふもとに「ごかんのいえ」を開園し、子どもたちと自然に触れながら暮らしているうちに、もっと毎日の暮らしが自然とともにあるような場を作りたいと思ったんです。園と自然と畑が一緒くたになったような。そういう話をしていたら、友達が声をかけてくれて、パーマカルチャー安房(PAWA)に行くことになったんです。
初めてPAWAに行ったとき、本当に感動してしまって!いろんなところがすごかったんですが、例えば水路。生活排水が流れる水路に何種類かの植物を這わせて、それが天然の浄化装置になっていて、最後に小さなビオトープがある。ビオトープには、メダカやハーブがあって、そこがきれいであることが、リトマス紙になっているんです。人間中心で作られている世界観じゃなく、人間が自然生態系のひとつとして存在している。それでいて人間にとって無理なく心地よくいられる場になっていることに感動してしまいました。

千葉県南房総市和田町にあるPermaculture AWAファーム。約1000坪の農場に木造の平屋、大きなビニールハウス、田んぼ、小さな果樹園などがある。自然のエコシステムを活かし、環境に配慮したデザインになっている
千葉県南房総市和田町にあるPermaculture AWAファーム。約1000坪の農場に木造の平屋、大きなビニールハウス、田んぼ、小さな果樹園などがある。自然のエコシステムを活かし、環境に配慮したデザインになっている

子どもの自然体験として、年に何回か山に行ったり海に行ったり農園に行ったりするやり方がありますよね。そういうやり方もいいけれど、それは100%成功しか用意されていない体験プログラム。本来は自然との暮らしって100%成功するわけじゃない。スーパーで見るような規格内の野菜は、普通に育てているとほとんどないですよ。「あれ?3つ股だ!」とか「これ綺麗!」と思ったら裏側は全部虫に喰われている!みたいな…(笑)

―ありますね!(笑)

同じように育てているのに、なんでこんなに大きさがバラバラなんだろう?とか、せっかく育てた野菜が台風でやられたり、もぐらに食べられたり。そういう風に苦労や失敗を重ねて育てた野菜を、なんて愛おしくておいしいんだろう!と感じたり。そういう風に自然に根差した様々な体験、特に日々の悪戦苦闘のプロセスが大事だと思っています。

―そのためには、自然の中で育つことが大切、ということですか?

時々誤解されるんですけれど、自然の中で野生児みたいな子を育てたいなんて全く思っていないんです。「こういう風に育ててくれてありがとう!」とおっしゃる保護者もいらっしゃるのですが、それはすごく違和感があります。大人が勝手に「こういう環境だからこういう子に育つ」なんて解釈するのは、おこがましいと、保育をやればやるほど思うようになりました。
保育を4年やる中でたくさんの発見や保育観の変化があったのですが、一番の気づきは、僕たち保育者は無力だってことです。

―お話を伺っていると、全田さんが、子どもたちが元々持っている性質を信頼していることが伝わってきます。こういう信頼はどこから来ていると思いますか?

9割は自分の子育てでの原体験です。実は、自分の子育てですごく悩んでいた時期があるんです。例えば、息子はなかなか寝つかず夜泣きがひどかったんです。それから、他の子が話しはじめる時期になってもなかなか言葉が出なかったり。当時は他の子と比較して、息子のできないことばっかりに目が向いてしまっていたんです。子どもをこういう風に育てたいという想いもあったから、してあげられなかったことに負い目を感じたし、取り返してあげなくちゃ!と勝手に焦っていました。モンテッソーリ、シュタイナー、色々なことを試しては挫折し、の繰り返しでしたね。今思えば、“親が思ったように子どもを育てられる”という思い込みがあったと思います。今とは完全に真逆ですよね(笑)。
焦ってイライラして、散々ジタバタして、疲れ果てたところで、ある日ふと「海でも行ってみるか」と家族で逗子海岸に行ったんです。その時のことが忘れられなくて!

―何があったんでしょうか?

逗子海岸ってすごく見通しがいいんです。バーっと500mくらい走っていっても、車も来ないし安全。だから息子がやりたいようにさせていたら、本当に楽しそうにいつまでも走り回って、そのうちだんだん落ち着いて、今度は貝殻を集めだしたんです。
その頃、二子玉川に住んでいて、多摩川の自然もあったけれど、やっぱり生活のベースは都会の中でした。ですので、例えばデパ地下で子どもが騒ぎ出すと、こっちは世間体もあるから必死になって止めて、それでますます息子はスイッチが入って暴れて…というような日常でした。毎日がそんな調子だったので、逗子海岸を思いっきり走って、満たされて落ち着いた子どもの姿を見て、これはすごい!と思ったんです。それでまた翌週も海に遊びに行きました。そしたらやっぱり楽しそうに遊んで、やっぱり落ち着いている。これだ!と思って、そのまま不動産屋さんに行って、結局その1か月後には引越ししました。息子が3歳の時です。
そこから、子どもがどんどん変わっていく姿を見て気がついたんです。自然の中で感覚的にくすぐられて自発的に遊ぶことの中に、子どもの成長の芽がある。子どもの育ちに必要なのは、大人がああしなさい、こうしなさいっていろんなものを与えていくことじゃない。子どもの自身の中にあったんだって。あんなに子育てで苦しんだけれど、僕は大発見をしてしまった。これはもう、こういう子どもの育ちの場を作りなさいと言われているんだと思いました。

Profile

全田 和也 (まったかずや)

全田 和也さん

NPO法人ごかんたいそう代表理事

神奈川県逗子市で保育園「ごかんのいえ」「ごかんのもり」を運営。アートや野外遊びを積極的に取り入れた保育を行っている。保育園「ごかんのもり」ではパーマカルチャーのワークショップを実施。2016年4月には、逗子駅近くのテナントを拠点に、地域の方の学びと交流の場「ごかんのえき」をスタート。

ごかんたいそう|保育とパーマカルチャーとアート