学びつづけることを学ぶ
ここ数年、学校教育の現場に息苦しさが増しているような印象を強くする一方で、わくわくするような新しい取り組みがあちこちから聞こえてくるようになりました。一体現場の先生たちは、日々どんなことを考え、どんな実践をしているのだろう。その実際を直接聞いてみたい。そんなことを考えながら、伊垣尚人さんの教室に向かいました。
伊垣さんの教室は、まるで工房のような雰囲気。先生の机は、後方に置かれ、一番広いスペースに円形に整えられた木製のベンチが設置されていました。壁には、カラフルなマインドマップやレポートが所狭しと掲示され、教室の全体から、子どもたちの熱気が伝わってくるようでした。
不登校の子どもたちの学校復帰の支援活動を経て、教職の道へと進んだ伊垣さんが、いま目指しているのは、一人ひとりの子どもの成長のペースに任せられるような教育。試行錯誤の連続の中で生まれる学びの現場とその可能性について、じっくりお話をお聞きしました。
1.学びの多様性
−はじめに、教員になられたきっかけから教えて下さい。
伊垣:大学時代の4年間、YMCAでキャンプリーダーをやっていたんですけど、そこで出会った仲間たちが就職活動をはじめた頃に、このままレールに乗っていくべきなのかじっくり考えてみようと思って二ヶ月インドを旅したんです。そこで、子どもと関わる仕事をしていきたいという想いを強めていったんですね。たまたま、地元の埼玉県富士見市の運営で、不登校の子どもたちが通うための相談室が設立されることになって、そこで働き始めました。子どもたちが不登校になる背景には、いじめ、家庭内暴力、家庭環境、体質的なもの、発達障害、友人関係など、個々にいろんな事情を抱えているんです。そんな中でも、小集団で自分のペースで学び方を選択できるような場であれば、心地よく過ごすことができることを実感しました。学校が、一人ひとりに寄り添えるような場であったらいいのになぁと思うようになったのがきっかけで、通信教育で教員免許をとって、小学校の先生になりました。
僕のベースは、二年間の相談室での経験にあると思います。だから、画一的な現場に入ると、違和感を感じてしまうんです。いろいろ失敗もしましたけど、相談室でとことん個別に関わるということをつきつめたことで、学びの多様性であるとか、子どもの側に立って物事を考えるというような自分自身の原点が培われたと思います。
-公教育の現場に入られてからのことを教えて下さい。
伊垣:学校現場に入ってみたら、一対一とか小集団での関わりと、大きな集団の関わりでは、勘所が全く違うことがわかってきました。大きな集団になると、空白の時間をつくらない、指示を短めに、話は短く、など集団を動かすテクニックがすぐに必要になってきます。それで、集団や授業をどうつくるかということを学びたいと考えるようになって、原田隆史さんという中学校の先生(当時)が書かれた『カリスマ体育教師の常勝教育』という本を読んでみたら、おもしろかった。それで、その方の勉強会に通うようになりました。全国から教員が集まって、夜7時から翌朝の4時頃まで学び合うんです。その場の熱意に惹かれて、しばらくそこで学ばせていただきました。そこで学んだことを自分が受け持っていたクラスで活かしてみたら、狭山市の綱引大会で優勝して、県大会でも優勝したんですね。そんなことがあって周囲から持ち上げられると「自分が強くした」と勘違いしてしまうわけです。そこが残念な先生なんですけど(笑)。
熱血先生にどっぷりつかりながらも、どこか違和感を感じていた時に、岩瀬直樹さんと吉田新一郎さんが書かれた『効果10倍の<学び>の技法 シンプルな方法で学校が変わる』という本に出会いました。岩瀬先生は、同じ狭山市の先生だということがわかって、すぐに会いにいったんです。最初は、岩瀬先生が自然体すぎて(笑)、ピンとこなかったんですけど、一年後にもう一度訪ねていってから意気投合して、NPO(future Educational center)をつくるんだけど、一緒にやらないかと誘われて、一緒に活動することになりました。そのNPOに日本イエナプラン教育協会の中川綾さんも参加されていたことから、イエナプラン教育1に出会いました。そこから、それまでのアプローチとは真逆の方向にすすんでいきました。
-熱血先生の指導方法とは、具体的にどんなことをするんですか?
伊垣:例えば、名札をつける、机をまげない、挨拶は先に、とか規律正しくするための生徒指導ってありますよね。指導方法はいろいろとありますが、ひとつの例としては生徒指導の徹底があると思います。生徒指導は、やればやるほど結果がわかりやすいかたちで現れるので「あの先生のクラスはしっかりしている」という評価につながっていきます。でも、どんなにしっかり生徒指導して、学校の廊下では静かに右側通行できたとしても、家庭ではやらないですよね。家と学校、どちらでも同じように生活できたほうがいいと思うし、学校で家にいるように過ごせる環境をつくることが大事なんじゃないかと思うようになりました。いまは、一人ひとりの子どもに合う、その子の成長のペースに任せられるような教育を目指しています。そのためのヒントがイエナプラン教育には、たくさんあると思います。
- ドイツのペーター・ペーターゼンが 1924年に創始した学校教育のオープンモデル。根幹(ファミリー)グループと呼ばれる異年齢によるグループでクラス編成され、学習活動の中に車座になって話し合う「サークル対話」や、理科、社会科の区別がなく、それらをまとめて「ワールドオリエンテーション」と呼ぶことなどの特徴を持つ。詳細は、リヒテルズ直子著『オランダの個別教育はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ』参照 ↩