#018 全田和也さん

2.これは僕の仕事だと思った

―お子さんのために引っ越してよかった。いい園を見つけた。そういう風に“受益者として”いいと思うことと、ご自身でそういう場を作ることの間には大きな隔たりがあるように思います。なぜ、ご自身で園を作ろうと思ったのですか?

仕事の経験もあるかもしれません。大学を卒業して最初は、政府系のすごくお堅い銀行で働いていました。そこで、地方の面白いことをしているベンチャー企業を支援する仕事をしていたんです。当時ちょうどITベンチャーブーム真っ盛りの時代でした。その仕事を通じて出会った人たちの、個性豊かで、破天荒で、人生を賭けて取り組む熱量にすっかり魅了されてしまい、当時、僕は銀行のオフィスにはあまりいなくて、投資先の企業に入り浸っている状態でした。
そんな時、仲良しの支援先の社長に「いつか僕もあなたのように社会にインパクトを与えるような事業をつくりたい」と言ったら、「悪いけれど君は最前線で試合見ているプロモーターであって、リングに上がっていないよ。本当にやりたいならリングに上がるかどうかそろそろ考えた方がいい」と言われてしまったんです。ドーンとショックを受けて、でもめちゃめちゃ悔しくて、その後すぐにその会社に転職しました。
転職してみたら想像以上にアドベンチャーな会社で…(笑)。そこから2年くらいは必死だったけれど、僕は本当に使い物にならなかったと思います。きっとそれまでは、肩書や学歴に守られていたんでしょうね。いくら頭よさそうなことを言っても、言葉に力がなくて、まわりに伝わらない。ものすごく格闘しながら、だんだんと、自分の手で仕事を作っていく楽しさ、表現する楽しさを知っていきました。
もしも銀行員のままだったら、保育園を自分で作るという発想にはならなかったと思います。

―実際に園をたちあげるのはどうでしたか?

準備はそんなスマートに進められたわけじゃないです。途中で震災があったり、なんだかんだあって、3年くらいはかかりました。
最初は仕事しながら準備していたんですが、やっぱり全然馬力がかけられなくて立ち上がっていかない。一回集中したいと思って準備に専念しました。でも僕は割とのんびりしているから、毎朝サーフィンしてから事業の準備をするんです。そして夕方になったら仲のいいイタリアンのシェフとシーカヤックに乗って釣りして、釣った魚にハーブをつめてグリルしたり(笑)。

―優雅ですね(笑)

夕方釣りして帰ると、我が家は子どもたちにオープンにしていたから、子どもの友達が遊んでいるんです。僕は毎日サーフィンや釣りをしているから真っ黒に日焼けしてて、しかも夕方に魚持って帰ってくるから「お前の父ちゃん、何してるの?」ってなりますよね(笑)奥さんもだんだん表情が険しくなってきたり。
準備の途中で資金繰りが大変になって広告代理店に勤めたりもしました。

―サーフィンして、自然の中で事業の準備をする生活から、広告代理店!すごい振れ幅ですね。

代理店で働いていてすごいなと思ったのは、頭もセンスもものすごい人たちが、早朝まで会議したり、すごいエネルギーと思い入れで企画を作っていくんです。でもコンペが終わると「休暇取りまーす」って、次のプロジェクトにアサインされるまでのんびり過ごす。「これ絶対やりたい!」ってつい昨日まで言ってたのに、パッと切り替えられるんですよ。
僕はそんなに器用じゃないから、すぐに頭の切り替えができない。企画するのだって、どんどん企画が出てくるというよりも、日常生活の中で少しずつやりたい企画が積みあがっていく感じなんです。こんな場所があるといいな、こんなものが欲しいなと本当に思っているから、クライアントがいるとかいないとか関係なく、形にしたいと思ってしまうんです。
保育園を作ったのも、自分の子育てでの発見を通じて、こういう子どもの育ちの場が欲しいと思ったからです。すごく自然な動機です。

ごかんのもりの園庭で遊ぶこどもたち
ごかんのもりの園庭で遊ぶこどもたち

Profile

全田 和也 (まったかずや)

全田 和也さん

NPO法人ごかんたいそう代表理事

神奈川県逗子市で保育園「ごかんのいえ」「ごかんのもり」を運営。アートや野外遊びを積極的に取り入れた保育を行っている。保育園「ごかんのもり」ではパーマカルチャーのワークショップを実施。2016年4月には、逗子駅近くのテナントを拠点に、地域の方の学びと交流の場「ごかんのえき」をスタート。

ごかんたいそう|保育とパーマカルチャーとアート