#020 片岡佳奈さん

4. 想いを形にする力

―お父さんとの生活の中で、自分が周りに受け入れられていないと感じたり、恥の意識を感じたり、すごく苦しそうにしていた時期があったように思います。どうして今、こういった活動ができるのでしょう?

それは、やっぱりICU(国際基督教大学)が私に力や手段をくれたんだと思います。ICUは、そういうことをしていいって学ばせてくれたんだと思う。

―「そういうこと」というのは?

自分が正しいと信じることがあった時に、それを行動に移してもいいんだってこと。そういうことをスパルタでやらされる学校だったんです。ICUは、入学した最初の1年目は英語しか話しちゃいけないし、授業も全部英語で受ける。内容は、教養とクリティカルシンキング。とにかくありとあらゆる分野のことを取り扱う。倫理的なことも含めて、とにかく徹底的に調べて議論する。それがすごくよかったです。

私は、ICUの学部に所属しながら、大学院のゼミにも通わせてもらっていました。そのゼミには面白い人たちがたくさんいました。東欧やロシアから来た女性、フランスから来たシングルマザーもいて、みんな自分の意見をものすごくしっかり言う。ゼミの中での議論は非常に白熱していて、日本語で議論していたはずが、英語になって、最後は怒り狂って母語でまくしたてるみたいな(笑)。相手が教授であろうと誰であろうと、自分の意見は曲げずにはっきりと言い切る。すごく、真剣な議論の場で、あの女性たちのカッコよさったらね! そういう人たちの姿を見て、ああこんな風に意思表明することもできるんだって。嫌なものは嫌だって言っていいし、欲しいものは欲しいって言っていい。欲しいものがなかったら、自分で作ることだってできる。リサーチして意見をまとめて、企画する、人を巻き込んで企画を形にする。そういう手段もICUが授けてくれたと思います。

―薬剤師の資格と辛い経験があっただけだったら、もしかしたら、この場所は実現できていなかったのかもしれませんね。

そうですね!経験と想いだけだったら、ここにはたどり着いていなかったかもしれません。私はICUで大事なものをもらったから、恥ずかしげもなく、自分の想いを口にするし、頑張れる。大変なことがあってへこたれそうなとき、大変なことを乗り越えなくてはいけないときには、いつも、ICUで出会った教授たちやタフなご婦人たちを思い出します。あそこが私のゆりかごです。

地域の方たちが集って、笑いヨガ。普段は病気で家から出られない人も、慣れ親しんだ人たちと笑いあう。

―薬局も立て替えたことですし、きっとまたここから20年30年と続いていくのでしょうね。

20年!…うん、大変だ!(笑)

―これからについては、どう考えていますか?

20年後もアサヒ薬局は薬局が基本であることは変わらないと思います。薬局は命に関わる仕事なので、調剤であっても、事務であっても、まずはベースをきちんとあることが大切。その上で、薬局は、病のある方が来る場所なので、そういう場だからこそできることがあると考えています。父のこともあったので、障がいがあっても、閉鎖病棟でたくさんの薬を飲んで暮らすのではなく、地域で何か役割や居場所を持ちながら、もう少し豊かに暮らせたらとずっと思っていました。それから最近、若い世代が都市に出てしまったり、夫婦の死別があったり、高齢者が取り残されているような様子を目にすることもありました。薬局という場で、病や老いと共に生きる人たちが、誰かと知りあったり、労わりあったり、笑いあったり、そういう場であれたらと思います。アサヒ薬局では、週末に、演奏会、おはなし会、ヨガ、高齢の方に向けては笑いヨガなどの会も開いているですが、最近、ミュージシャンでもあるスタッフが「ひみつの音楽教室」を始めています。人前で言葉を発することが難しいシャイな子のために、時間も曜日もひみつの、小さなひみつの音楽教室。なんだかとっても楽しそうです。

ここが好きでずっと通ってくださる患者さん方たち、それから、アサヒ薬局のスタッフ。不思議なことに、ここでの活動を通じて本当にいい出会いがたくさんあって、私自身も見たかった世界を、めくるめく世界を見せてもらっているように感じています。だから私も、この場所で出会う人たちと一緒に、この空間と場を続けていけるように、がんばらなくっちゃ!と思います。「がんばる」といっても、その時時の縁が有機的に次の縁を呼んできて、自己発生的に活動が起こっていく感じなので、とにかく目の前にいる方に必要な空間を、音楽や文学や人の力を借りながら、つくり続けるんだと思います。

音楽会後の集合写真。左から二人目が片岡さん。

片岡 佳奈 さん

1981年佐賀県生まれ。アサヒ薬局、薬剤師。
近畿大学薬学部卒業後、母が経営するアサヒ薬局で薬剤師として働く。
薬剤師として働きながら、国際基督教大学で文学を学ぶ。
アサヒ薬局建て替えを機に、薬局という場での茶話会、アートイベント、音楽会などを通じて、病気や障がいと共に生きる親子と地域の方のコミュニティづくりを始める。アサヒ薬局には、近所の方だけでなく、佐賀県内外187か所の医療機関の処方箋をもった患者さんたちが集う。

https://www.asahisaga.com/