4. 人と関わりたい
— 編集の仕事につかれる前にケアワーカーをなさっていますが、その仕事を選ばれたきっかけを教えてください。
藤田:大阪の下町で育ったんですけど、おばあちゃん子だったこともあって、お年寄りがすごく好きなんです。近所に引きこもりがちだったおじいちゃんがいたんですけど、どうしても気になる。そうしたら、そのおじいちゃんが絵が上手いらしいと聞いて、絵を習いにいくようになったんです。そういう理由があれば堂々とおじいちゃんと関われるかなと子どもながらに思ったんですよね。
学校帰りにいつも会うホームレスのおじさんがいて、その人ともどうしても関わりたい。お腹は空いていないだろうかと気になる。給食のパンを持ち帰って渡したいけれど、こんな子どもに渡されてもおじさんもプライドがあるだろうと思って、わざと目の前でパンを落としたり。子どもではありましたが、かわいそうだからではなく、人と人としてきちんと関わりたいと思っていました。
絵を習っていたおじいちゃんにはすごくかわいがってもらっていたんですが、ある日自転車で転んで骨折したのをきっかけに入院したら寝たきりになってしまったんです。そこが、ベッドにしばりつけたりするひどい病院で。どうしてこんなところで最期を迎えないといけないのかなって、すごく悲しく思い、それがきっかけで特別養護老人ホームで寮母の仕事をはじめました。
— 寮母の仕事を通して感じられたことを教えてください。
藤田:老人ホームは、暮らしの場なんです。でも、どんなにきれいな施設だったとしても、やっぱりみんな家に帰りたい。自分の家族と一緒にいたい。施設のきれいさやサービスを求めているんじゃないんですよね。80年、90年生きてきた人たちが、タンス一つ分の荷物にまとめて入ってくる。自分の好きな人、ものに囲まれてはじめて、その人らしい暮らしと言えるんじゃないかとか、人の暮らしについてすごく考えました。それが、21歳頃のことです。
その後、もともと、社会の福祉に関わるようなことはどんな形にせよ自分の一生の仕事だと思っていたので、もう一つの夢であった音楽やカルチャーなどの雑誌を作る仕事もやってみたいと転職し、編集プロダクションに入りました。その後、東京に出てきて雑誌の編集の仕事をしていたんですが、予定外に突然妊娠し、29歳の時に子どもを生みました。