# 014 深津高子さん

2.文化を手渡す仕事

-モンテッソーリ教育とはどのように出会われたのですか?

深津:実は元々、幼児教育や子どもにはあまり関心がなく、80年代にはインドシナ難民キャンプで緊急救援の仕事をしていました。でも食糧や毛布、バケツなどの物資援助を続けていると難民が減るどころか逆に「あそこに行けばただで食べ物がもらえる」とどんどん増えてきてしまい、いったい私は何をしているんだろうと悩みました。その体験がきっかけで、海外からの援助に依存を高めるようなやり方ではなく、難民の人々の自立のための援助をやりたいと思うようになりました。自立援助の方法を学ぶために、農村開発か国連で仕事をするか、もういっそ日本に帰ろうかと迷っていた頃、ある難民キャンプ内にある保育園を見学しました。そこがモンテッソーリ教育を取り入れた保育園でした。
私はそこの代表に、自分の悩みを伝え、どうしたら人々が難民にならなくてもいい世界を作れるのか?国連の仕事はどうなのか?など沢山の質問をぶつけました。するとその方は、「深津さん、平和は子どもから始まります」と、本当にただその一言だけおっしゃったのです。実はその時には彼女が言った言葉の意味が分からず、その後も相変わらず、難民の人々に日本語を教えたり、配給の手伝いをしていました。しかし3年たった頃、やっぱり彼女の言った言葉には何か「真実」がある気がして、子どもの勉強、特にモンテッソーリ教育を勉強しようと日本に戻りました。

難民キャンプの中で出会った保育園
難民キャンプの中で出会った保育園

-難民キャンプでモンテッソーリ教育と出会われていたんですね。日本に戻られてどうでしたか?

深津:私は難民キャンプでモンテッソーリ教育に出会っていたので、てっきり「モンテッソーリ教育は貧しい子どものための教育」と思っていました。それが日本に帰って実習に行ったら、お金に余裕のある家庭の子どもたちしか通えないような園が多く、ものすごくカルチャーショックでした。
「子どもの家」(2歳半から6歳までのモンテッソーリ園)は、100年以上前、イタリアのスラム街で始まりました。元々は親が工事現場で働いている間に放ったらかしにされていた子どもたちのために始まった施設だったのですが、なぜ日本でこんな風になっているのか不思議に思いました。特に“お受験のためのモンテッソーリ教室”のように、モンテッソーリ教育が、ある特定の学校に入るための手段として使われていることは本当に残念です。
でも世界を見れば、素晴らしい広がりもあります。例えばインド北部にあるチベット亡命政府では、モンテッソーリ教育を使って、中国政府によって禁止されているチベットの母語をもう一度教え直している。またオーストラリアのアボリジニのコミュニティでも、ケニアのナクル難民キャンプでも、私が一番最初にモンテッソーリ教育と出会った難民キャンプでも、同様に子どもたちに自国の文化を手渡し、民族の誇りを取り戻そうとしています。そういう風に厳しい環境にある子どもたちのために、心あるモンテッソーリ教師がこれを実践・応用していることは、本当に嬉しいことで励まされます。

AMI日本友の会の冊子より、ケニアのナクル難民キャンプでの線上歩行の様子
AMI日本友の会の冊子より、ケニアのナクル難民キャンプでの線上歩行の様子

一昨年設立したAMI友の会NIPPONというAMI(国際モンテッソーリ協会)の日本窓口のパンフレットの中でも、私はあえて先進国の子どもの写真は使っていません。この写真はケニアのナクル難民キャンプで水を撒いて線上歩行1をやっているところです。クラスの中でしかモンテッソーリ教育はできない、教具がないとできない…そんなことは決してなくて、工夫すればモンテッソーリ教育はどんな環境でも応用できる。そういうことも伝えたいのです。

-先ほど「文化を手渡す」とおっしゃいましたが、日本においてはどうなんでしょうか?

深津:ものすごく課題を感じています。便利な生活が奪ってしまったものが大きいと思いますね。モンテッソーリ教育では“吸収する精神”と呼ぶのですが、子どもはスポンジのように大人の言動を、良いことも悪いことも取捨選択せずに、まるごと吸収することで自分を形成していきます。本当は私たち大人が、全て手作りとまではいかなくても、工夫して丁寧に暮らしていればいいのですが、今はなんでもスイッチひとつ。確かになんでもファストな通信機械や調理器具でできてしまうけれど、やっぱり子どもたちには手仕事をする大人の姿、字を書く大人の姿、本を読む大人の姿を見せたいです。そういう姿を見て、子どもたちもいずれ、自分の手で料理をしたり、文字を書いたりするようになるのです。手が器用であるということは、人間らしさの証です。私は文化を継承するためにもぜひ、手仕事文化をもう一度取り戻したいです。

鋭いナイフで機織りの作業「括り」をする5歳の少女、タイ・カンボジア国境の村にて
鋭いナイフで機織りの作業「括り」をする5歳の少女、タイ・カンボジア国境の村にて
  1. 楕円状の線の上をゆっくりと歩行し、平衡感覚を調整する活動。何人かで歩くことで、前後に一定の距離をあけるという社会性の発達にもつながる

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  1. 生命が育つお手伝い
  2. 文化を手渡す仕事
  3. 幸せに生きるヒント“知的自立”
  4. あるがままの世界から学ぶ
  5. 私は宇宙に住んでいます

 

Profile

深津高子(ふかつたかこ)
保育アドバイザー。国際モンテッソーリ協会(AMI)公認教師、同協会元理事。

教師養成コースの通訳や講演などを通して、モンテッソーリ教育の普及に関わるほか、一般社団法人AMI友の会NIPPON副代表、ピースボート洋上『子どもの家』アドバイザーも務める。