2.打ち砕かれる
どんな写真だったんですか。
フランス人の産科医で世界的に有名なミシェル・オダンさんが、後ろから支えた状態で、産婦さんが半分スクワットした姿勢で赤ちゃんの頭が出てきている瞬間を捉えたものでした。産婦さんは恍惚とした表情をしていて、自由で何の束縛もない。あの写真を見た時に、私はこういうお産をゴールにしたいんだと直感しました。
産む人が産みやすい体制を本能的に知っているんだとしたら、何がそれを阻んでいるんだろうと興味津々になって、いろいろと勉強しはじめたんですけど、その矢先に、四つん這いでお産したいという妊婦さんが現れたんです。はじめてのことだったから怖いと思ったけど、それ以上にものすごく嬉しかった。その一年後には、水中出産を希望される妊婦さんにも出会って、とにかく無我夢中でした。1990年代後半のことでしたが、それが九州でははじめてのフリースタイルの出産と水中出産だったと思います。
はじめてのフリースタイルのお産にどんな印象を持たれましたか。
「この子、自分で出てきたのね」って思いました。赤ちゃんは、上手にするするっと出てきて、おかあさんは自然な流れで赤ちゃんを抱きしめました。その一連の動きをみた時に、これまでのお産を振り返って、医療者は余計なことをしてたんだなとつくづく思い知りました。
どういうことが余計なことと思われましたか。
いろいろありますが、例えば、病院勤務の時は、産後直後に赤ちゃんとおかあさんの間に滅菌のシーツをひいてたんですけど、全くナンセンスなんですよね。なんで滅菌?どこから滅菌でどこから滅菌じゃなかったらいいの?って今なら思うけど(笑)。そういうことを考えもなくやってたのね。羊水で濡れた赤ん坊をおかあさんがそのまま抱っこすれば、医療者は何もすることない。そういうふうにして、自分が身につけていたことが、どんどん打ち砕かれていったんですよ。
打ち砕かれたというのは?
心地いい打ち砕かれ方ですよ。会陰保護ってなによって。え?なにそれ?っていうくらい、ひっくり返るんですよ。
それまでの分娩介助は、フラットなベッドに仰向けに産婦さんを寝かせて、子宮の収縮に合わせて、息長くいきんでもらって、会陰が破れないように保護しながら、赤ちゃんの片方の肩を先に出して、その後もう片方の肩も出す。仰向けの姿勢だと重たい子宮がお腹の上にあるから苦痛ですよね。身体を起こそうとしたり、よじってみたり、なんとか苦痛を逃そうと動いてしまうんですけど、助産師はその動きを押さえつけて「そんなんじゃ生まれませんよ」って言いながら介助する。そういうことを上手にできる人がいい助産師だと思ってました。
でも、四つん這いでお産すると、身体をよじったりする動きは、とても合理的な動きなんです。仰臥位(あおむけ)に寝かせたら、赤ん坊にとって膣腔は壁になるんだけど、身体を起こして産んだら、壁にならなくて、均等に膣腔をひろげて産まれてくることができるから、会陰保護も必要なくなる。会陰保護は、長年助産師の技術として受け継がれてきたんですが、仰臥位に寝かせた場合に必要な技術なんですね。
そしたら、なぜ寝かせたのか?っていうことになるんだけど。会陰を介助者が見やすい状態にするために寝かせたわけです。産む人のメカニズムではなく介助者の視野を大事にする。そういう分娩のスタイルを採用することで、医療者は産む人の本能的な行動を抑制していたんですね。産科医を意味する「obstetrician」の語源は、「stand in front of woman」なのですが、その言葉通りに女性の前に立ちはだかっていてはだめですよね。誰が主役で、誰が主体的であるべきなのか、ということを考えれば、自ずとどうすればいいかわかると思います。