4.手の届く範囲で生きる
-東京 森のテラスに来ると、まず音環境がとても心地よく感じます。鳥のさえずりや、木の葉の音が聴こえてきて、気持ちが落ち着いてきます。こういう環境で子どもを育てられたらと思いますが、都会ではなかなか得難い現実がありますよね。
山田:人間の住む空間に刺激はそんなになくてもいいはずなんだよね。まちを見ても、メディアを見ても、強い刺激を持つものが、年々増長しているような気がします。刺激の強いものに囲まれて生活していると、段々微細なものへの視力が弱くなっていくと思うんです。
木の葉にしても、ふたつと同じものはない。そういうことに気付く力をもともと人間は持っている。そうじゃなければ、生き延びられなかったはずだからね。子どもを見てるとそのことがよくわかります。森に連れていくと、大人よりも子どもの方が、よく見ているし、見えている。そうした力を家庭でも学校でも、奪わないようにしていかなきゃならないと思います。
それから、僕は、味覚・音感・マナーについては、環境要因によると思ってます。味覚も音感も、ちゃんとわかる人は、一割程度なんじゃないかな。幼い時にどんなものに接するかによってその後の基礎が出来ていくから、子ども時代は大事だし、大人は責任重大だと思いますね。
-これからの時代を生きていく子どもたちに必要な経験として、これはというものがあれば教えて下さい。
山田:どんな状況下でも、人は生きていける。自分の手の届く範囲で生きられる。そういう実感を得られる体験をしたことがあるかどうかは、これからの時代ますます大きな意味を持つんじゃないかと思いますね。
僕は、学生時代に、ホンダのオートバイで日本各地の庭をスケッチしながら訪ねてまわったことがあって。お金もないから橋の下に寝てね。大雨であと一歩で流されそうになったり、本当にいろんなことがありました(笑)。極限状態の中に自ら入っていったことで、否応なく自分の動物的な勘が研ぎ澄まされたと思います。いまは何でも満たされているから、そういう経験をしている若い人は少なくなっているんじゃないかな。
若い方が、ものごとをどんどん吸収していくでしょ。生命力があるから吸収できる。木や植物も同じだと思う。でも、成長の時期は個体によってそれぞれだからね。例えば、杉の木って、ほぼ1メートル間隔ぐらいで苗木を植えるでしょ。そうすると、早く伸びる木と伸びない木が出てくる。そのまま60年経っても、細い木は細いままなんだけど、隣の木が間伐されたりすると、「いまだ!」って、そこからぐーっと伸びていくんだよね。
-木は、ずっと待っているんですね。
山田:寿命が長いからゆっくり考えられるんだよね。それも生命力があるから待てるんだと思う。そうでなければ、日があたるその日まで生き延びられないわけだから。だから、人間も生命力を維持していれば、いつだって成長できる。それぞれの場所で一生懸命、歩き続けていかないとね。
-今日は、ありがとうございました。