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いきもの、愛さなければだめですか?

小学校2年生の娘の学校では、生活科の授業の一貫で、いきものを飼っています。 みんな思い思いのいきものを捕まえ、学校に持ち寄って育てています。 娘はお友達4人でテントウムシを育てていて、この週末初めてテントウムシを持ち帰ってきました。 (週末は家庭に持ち帰ってお世話をすることになっている) ところが、なんと全てのテントウムシを死なせてしまったのです。 机の上に放置されていることを、私も横目には見ていたのですが、気がついた時には全滅。 娘に聞くと、テントウムシがアブラムシを食べるという知識はあったそうなのですが、自分でアブラムシを取ってきて食べさせるということまではきちんと理解できていなかった様子。 死なせてしまった背景は理解できたとして、私がとても気になったのは娘のテントウムシへの態度です。 テントウムシがかわいそうという感覚はあまりないようで、それよりも自分の失敗によって今後起こることへの …

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【こどものカタチ研究会】絵本をとおして みえてきた「子ども」

こどものカタチで、2008年にインタビューさせていただいた、メリーゴーランド京都店店主の鈴木潤さんのはじめての本「絵本といっしょに まっすぐまっすぐ」(アノニマ・スタジオ刊)が刊行されることになりました!これを記念して、鈴木潤さんを招いて、5月29日に福岡で研究会を開催します。 == 子どもが生まれて、これまで以上に絵本にお世話になるようになり、日々の暮らしにくっつくようにしてある、絵本という場のちからについて、子どもの発達への理解と重ねながら考えるようになりました。 子どもが求める絵本は(少なくとも乳幼児期には)成長とともにグラデーションを描くように変化していきます。その変化をおもしろいと感じている方は、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。「絵本を通して子どもを知る」というような体験は、母となった人の中に、人知れず大切に重ねられているのだと思います。わたしの場合も、ふたりの子どもと …

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子どもへの初期対応

熊本地震の被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。 福岡も随分揺れ、余震も続いておりましたが、家族全員元気です。 大好きな熊本が(被害の甚大な東区に2年ほど住んでいました)あのような事態となり、心が落ち着かないまま日々を過ごしています。 余震が続く中での避難所の暮らしは本当に大変なことだと思います。中でも、子どもたちと一緒に避難されている方々はどうされているだろうか、子どもたちの居場所はあるだろうかと、心配です。 震災後、様々な情報発信がなされている中、本当に微力ながら、子どもに関する情報を第一弾として整理しました。 震災による子どもの心の問題は、災害発生から2ヶ月の急性期、2ヶ月から1年後までの急性後期、1年以降の後期と3段階に分けられるそうです。急性期がもっとも反応が大きく現れるそうです。これから2ヶ月の対応が大事になってきます。 特に役に立ちそうだと思えた、日本子ども虐待防止 …

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【編集後記】佐山圭子さんインタビュー

医師・佐山圭子さんのインタビューが公開となりました。 私・玉木が担当するインタビューとしては、じつに3年ぶりの公開となってしまいました。しかも、インタビューを実施したのは、2014年。自らの遅筆ぶりにほとほと呆れながらも、録音記録を聞き返すと、やはり佐山さんのおはなしにはどうしてもみなさんと共有したいメッセージが詰まっていて、全方位に平謝りをしながら、今日の日を迎えました。ありがとうございます。 遅れていたら、テーマとして近しいものが含まれる信友智子さんのインタビューも公開されました。ぜひこの二つの記事を、あわせてお読みいただけたらと考えています。 今回の記事に関連して、いくつかの情報をここに掲載したいと思います。 まず、子どものからだを診るときに役立つ書籍を、佐山さんが協力医を務める「一般社団法人 知ろう小児医療守ろう子ども達の会」より、ご紹介いただきました。 ・「子育てハッピーアドバイ …

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わたしは泣かなくなった

子どもを寝かしつけて、自分もうとうとしかけていた時、家の外から男の子の泣く声が聞こえてきた。「おかあさん、ごめんなさい。おかあさん、ごめんなさい」とずっと繰り返している。咄嗟に飴をポケットにいれて、外に出た。声のする家の前に着くと、子どもは外に出されているのではなく、家の中で(多分玄関で)泣いていた。わたしは、その家の前でただうろうろして、結局何もできずに自分の家に戻った。その後、泣き声は10分ほどして止んだ。 その出来事から、忘れていた子ども時代の記憶、母に怒られて玄関やベランダの外に出されていたことを思い出した。2歳年上の兄と一緒に、出されることもあれば、一人の時もあった。何をして怒られたのか、どうやって母が許してくれたのか、どんなふうに家にいれてもらったのかは全く覚えていない。でも、怒られて、腕を強く掴まれ、放り出されるようにして玄関の外に出され、大きな音をたててドアが閉められたこと …

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バトンをつないで

  レストランで、1歳くらいの子どもがピョコピョコ歩き回っていて、まぁ可愛いと思って見ていたら、隣に座っていたおじさんが「うるせぇ!」「なんとかしろよ!このガキ!」と大声で怒鳴った。 ピョコピョコちゃんのお母さんは離れた席に座っていて、兄弟の世話で大変そうでとても手がまわらない様子だし、ひとまずピョコピョコちゃんを抱き上げて歌ってあげてたらピョコピョコちゃんは落ち着いた。 あまりにおじさんの暴言に頭にきたので、怒鳴らなくても解決の方法はあることと、それでもどうしても怒りがおさまらないなら正々堂々と面と向かって怒鳴ってきたらいいって伝えたら、おじさんをますます怒らせてしまった(゚o゚;; さすがに、おじさんのことは抱っこして歌うこともできないし、結局何の解決にもならず… こんな些細な出来事でさえもどうすることもできない自分の未熟さを痛感……   先日、友人がFaceboo …

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夫婦別姓訴訟と子ども

16日に合憲判断が出た夫婦別姓訴訟の最高裁判決文を読みました。合憲判断とだけ聞いた時には、かなり落胆しましたが、判決文を読むと、少し気持ちが変わってきました。15人の裁判官の中で、5人の裁判官は違憲意見を出しています。 違憲意見を出した、岡部喜代子裁判官の意見を一部抜粋して掲載します。 氏は名との複合によって個人識別の記号とされているのであるが、単 なる記号にとどまるものではない。氏は身分関係の変動によって変動することから 身分関係に内在する血縁ないし家族,民族,出身地等当該個人の背景や属性等を含 むものであり,氏を変更した一方はいわゆるアイデンティティを失ったような喪失 感を持つに至ることもあり得るといえる。そして,現実に96%を超える夫婦が夫 の氏を称する婚姻をしているところからすると,近時大きなものとなってきた上記 の個人識別機能に対する支障,自己喪失感などの負担は,ほぼ妻について生 …

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全ての母たちが

先日、レストランで隣りにあった、あるお母さん同士の会話を聞いていたら、子どもはまだ小学生にもなっていないらしいのに、スマートフォンやいじめ、勉強についていけるか、といった類の心配がどこまでも吹き出してくるようで止まらない。 0歳の子どもが10歳になった時、テクノロジーと(それに伴い)社会構造はいまと同じくらいの速度かそれ以上に加速度的に変化しているのではないかと思う。わたしたちの当たり前は通用しなくなるかもしれない。となると、大方の心配は無要な心配かもしれない。 例えば、隣からしゃしゃり出て、わたしがそう意見したとしても、彼女たちの心配は消えないだろう。なぜなら、わたしたちは未来を先取りするように散々訓練されてきたから。それはもうわたしたちの奥深くにセットされてしまっているから。 当の本人である子どもは、今この一瞬を生きているのに、その母は未来を生かされている。立っているところが違えば、当 …

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【こどものカタチ研究会】「生まれる」を起点に考える (申し込み締めきりました)

出産をめぐっては、産んだ人産まない人を含めて、さまざまな体験があり、その上での考えがあります。考えの違いは、子育てをめぐってもあるものですが、それ以上に出産をめぐる違いの溝は大きく、深いと感じます。それだけ、女性にとって強い体験なのでしょう。 産む場所が少なくなり、地域によっては選択することも叶わず、経済的・身体的な理由で選べない人たちも大勢います。私自身は、どのような出産であっても、女性がその身体をかけているという点で本質的には同じだし、こうでなければ、というようなことはないと思っています。むしろ、こうでなければ、という考えが見えなくしてしまうものを警戒したいと思っています。 そうした大前提があった上で、それでもやっぱり哺乳類としてのあたりまえがあたりまえにできる身体と、それを可能にする環境が、次の世代、次の次の世代にも残されているといいと素朴に思います。しかし現実は厳しく、医療者や専門 …

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ふたつの身体が離れるとき

8月に第二子を出産しました。 6年半ぶりの出産で、すっかり赤ちゃんとの暮らし方を忘れているので、ひとつひとつ思い出しながらお世話している今日この頃です。 小学一年生と生後2か月の赤ちゃんを育てていると、子どもの成長を少し長い目で見られるからか、不思議と一人を育てていた時よりも気持ちに余裕が生まれています。 赤ちゃんの夜泣きは「こんな時期はとっても短いからしっかり味わいたい」と思うし、小学生の口ごたえには「こんな言い回しもできるようになったのか!」と感心したり。 子どもの成長は毎日の連続した変化でありながら、子どもの在り方はその時期時期で劇的に違います。 特に、0から1歳までの時期、保育園生(幼稚園生)から小学校にあがる時期、思春期は激動の時期。 例にもれず、娘も小学校に入ってからグンと変化し、すっかり「幼児」から「少女」になってしまいました。 親が踏み込めない部分が大きくなり、戸惑いながら …

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夏休みの限界

1ヶ月半の夏休みが終わろうとしていた8月31日の夜。 わたしは、育児放棄していた。 0歳と4歳を連れて外出し、デパートかどこかの遊び場で2人仲良く遊んでいたので、少しだけその場を離れた、と思ったらカフェで珈琲を飲んでいた。「はやく迎えにいかなくちゃ」という気持ちと「一人になりたい」という気持ちとの間で揺れ動きながら、どこか思考停止していた。我に返り、慌てて迎えに行ったがもう遊び場に子どもはおらず、預かり所のようなところに引き取りに行くが、詰問され引き渡してもらうことができず、泣きながら詫びていた。 夢の話だ。目覚めた時、心底ほっとしたのと同時にあまりの内容に呆然としてしまった。 何がわたしにこんな夢を見させたのだろう。思ったよりも楽しめたような気がしていたのに、意識しないようにしていただけで、心も身体も相当弱っていたのだろうか。それにしても、あの夢はない。ひどすぎる。いや、夏休みはただのき …

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寄り添うよりも

いま上の子が通う保育園では、面談の前に提出して下さいと、妊娠中や出産のこと、生活のことなどを詳細に記す書類を渡される。そこには、妊娠中、産まれた時の状況、発達の過程に加えて、テレビは見せていますか?その時間数は?なぜ見せていますか?布おむつですか?紙おむつですか?子どものことを待てていますか?子どもの話を聞いていますか?など、一見ちょっと怯んでしまうような質問群が並んでいる。 2年半前、長男入園の際にこの用紙に記入したのだけど、その時わたしは気がついてしまった。自分の回答が息苦しいのだ。 そして、はじめて考えた。早期教育に熱心になることも、自然に育てようと熱心になることも、根っこは同じではないか。目指す方向は全く異なるように見えるけれど、母である人の心の有り様はかなり近いところにあるのではないかと。 少なくとも、わたし自身をふりかえり、「こうしなければ」とか、「こうありたい」ということに縛 …