上遠恵子さん講演再録「いのち」に軸足を置いて

5.感性は蘇る

『センス・オブ・ワンダー』は、子どもたちといっしょに暮らすことのなかにある一つひとつのことに触れているわけですけれども、そのメインテーマは、この新潮社版でいうと23ページにあります。ちょっと、読んでみます。

「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直観力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。」

みなさんお子さん育ててらっしゃるから感じていらっしゃるでしょうけれど、子どもたちの世界は日々いきいきとして新鮮ですよね。ちっちゃいものでも驚いて。たとえばダンゴムシを見る子どもの目。すぐ飽きちゃう子どもでもじーっとみている時間があるでしょう、あのとき私は、子どもたちは本当に、全身全霊でいのちと向き合っていると感じます。
あの気持ちを、「やめなさい」とか言わずに、できたらいっしょに、楽しめたらいいと思います。なかなか楽しむまではいかないかな。でも、自分が面白いなって思わなくてもまず「わー、おもしろいー」とか、「つっついてみよう」とか、お母さんやお父さんがそういう風にすると、子どもの気持ちはすごくハッピーになると思います。
レイチェルは言っています、「すべての子どもの成長を見守る、善良な妖精に話しかける力を私が持っているとしたら、世界中の子どもに生涯消えることのないセンス・オブ・ワンダー、不思議さや神秘さに驚きを感じる感性を授けてくださいと頼むでしょう」と。
大人になってくると自然に対する感性が、だんだん鈍ってきます。暮らす世界が広がって行くのですからそれは自然な通り道かもしれません、子どもたちや孫たちを見ているとそうでした。本当に、天使のようにかわいい子が、ヤングエイジになってくるとまあにくたらしくなります(笑)。あんなに自然界や虫が好きだった子が、ピコピコピコとゲームに夢中になり、なんとかバトル、なんて言い出すのですから。
そのまま突っ走って、干からびた感性の大人にもなってしまうときもあるけれど、みんな、幼い時の感覚というのを持っているので大丈夫です。成長の段階ではそれが温存されて休火山になっているのです。「その感性はやがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、私たちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になってしまうことに対する、変わらぬ解毒剤になります」、とレイチェルは言っています。
さらにレイチェルは、「わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませて親にとっても、『知る』ことは、『感じる』ことの半分も重要でないと固く信じています。」と言っています。「子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土です。幼い子ども時代は、この肥沃な土を耕すときです。」と。
以前、私の孫が満2歳のときにハガキが来ました。そこには「ラストチャンス」と書いてありました。語学の、英語の勉強をするのにこれがラストチャンスだから、今から始めないともう遅いですよ、って。私は吹きだしてしまいました。満2歳が語学学習のラストチャンスなんて、そんなことあるはずないですよ!(笑)
人間は、この80ばあさんだって(笑)いろいろな知識を、忘れることもあるかもしれないけれど吸収するチャンスがあると思っているのに、満2歳ではじめないと遅れてしまう、なんて。そして国際人として生きるためには語学が必要です、ともありました、それは決して否定はしないけれども、まずちゃんと母国語のきれいな言葉で話ができ、自分の意見をきちんと言えるようになることが先です。
この幼稚園のお母さまがたはまどわされることは決してないとは思いますけれども、けっこう惑わされてしまっているお母様たちがいることが、気がかりです。
ある幼稚園でお話をしたときに、一人のお母様に「自然体験をするとよいとおっしゃいましたが、どういう良いことがあるのですか?」と聞かれたこともありました。私もちょっと答えに困りました。お絵かきが急に上手になるようなものではないし。自然体験は自動販売機みたいに、一度したから効果が分かるというようなものではありません。自然体験を繰り返すことによっていつのまにか心の中に育まれていくものが大切なので、自然体験して急にいい子になるなんて、そういうものではないと思います。
すてきだなあ、かわいいなあ、面白いなあ、もっと見たいなあって思ったときに、その感性の土に、事実の一つひとつが知識の種子となって育っていくものだと思います。「美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれた時の感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます」子どもはちゃんと、思い出しますよ。

Profile

上遠恵子
1929年生まれ。エッセイスト、レイチェル・カーソン日本協会会長。東京大学農学部農芸化学科研究室、社団法人日本農芸化学会、植物科学調節学会勤務を経て、88年レイチェル・カーソン日本協会を設立。訳書にレイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』、『潮風の下で』、『海辺』などがある。