上遠恵子さん講演再録「いのち」に軸足を置いて

7.今こそ〝べつの道″へ

この3・11の地震、そして原発の事故には、本当に言葉を失いました。
私は戦争体験者ですが、広島に原爆が落ちた話、長崎に原爆が落ちた話を聞いて、どうすれば、おそろしい新型爆弾から逃れられるか、ということを、私たちはまだ8月15日になる前、話し合いました。
マスコミでは言わないけれど、いろいろな情報がどこからか聞こえてくるのですね。真っ白いものを着ていたほうがよさそうだ、もの陰に隠れたほうがよさそうだ、とか。もし東京に原爆が落ちたらなんの役にもならないことですけれど、いろんな噂が流れていたことを思い出します。
その後、『原爆許すまじ』という歌を歌いながら、原爆反対と二度と戦争をしてはいけないと平和運動をしました。1986年にはチェルノブイリ原発事故があり、その前にはアメリカのスリーマイル島で原発事故がありました。私は、その事故の2ヶ月ぐらい後にスリーマイル島の上をたまたま飛行機で飛びました。そのとき、「あんな事故も起きるのだ」としか思わなかった自分、そしてチェルノブイリのときも、ひどい事故で原発は危険なのだと思いつつ、いつの間にか発言しなくなっていた自分。チェルノブイリの時はかなり深刻なことだと思い、子ども達への影響を心配してはいてもとくに発言することせず、デモに参加することもしなかった。かつてあんなに原爆は「ノー」と言っていたのになぜ自分はこんなに黙ってしまっていたのだろうか、原発はクリーンエネルギー、平和利用だという言説に、だまされてしまったのかと考えると、後悔というか慚愧の念を禁じ得ませんでした。
そしてもう一度、レイチェル・カーソンことを考えてみようと思い、1963年、亡くなる半年前に、病を押して行ったサンフランシスコでの講演記録を読みました。「環境の汚染」という題で話をしているのですがそのなかで化学物質による汚染のことも語っていますが、おなじぐらいの時間を割いて放射性物質による環境汚染について話しているのです。50年前に、そのことに警鐘を鳴らした先見性と科学者の良心に敬服します。
「放射性物質による環境汚染は、明らかに原子力時代とは切り離せない原子力時代の一側面です。それは、いわゆる〝核の平和利用″とも切っても切れない関係にあります。こうした汚染は突発的な事故によっても起こりますし、廃棄物の不法投棄によって継続的にも起こっているのです。」と。
まさに、今のことですよね。そして、「私たちが住む世界に汚染を持ちこむということの根底には、道義的責任、自分の世代ばかりでなく未来の世代に対しても責任を持つこと、そのことについての問いかけがあります。当然ながら私たちは、いま現在生きている人々の肉体的被害について考えます。ですが、まだ生まれていない世代にとっての脅威はさらにはかりしれないほど大きいのです。彼らは今の時代の我々が下す決断にまったく意見をさしはさめないのですから、私たちに課せられた責任は極めて重大です。」と語っています。
私はこれを読んだとき、大きな責任を突きつけられた気がしました。私たちが下す決断に、未来の子どもたちはどうしたって、意見をさしはさめません。生まれていないのですから。未来の世代への責任というのを感じたときに、どうしたらいいか。このことを私たちは真剣に考えなければならないと思います。
少なくとも政治家たち、特に自民党は、再稼働反対とは言わない。小泉純一郎氏などは言っていますが。多くの若い議員達は、こころのなかでは思っていても、安倍さんの勢いに押されて黙っている。そんなこと言ったら干されてしまうかもしれない、次の選挙で落とされてしまうかもしれない、ということを心配して発言できないという雰囲気になっています。
でも私たち市民は、子どもたちのために最後まで原発はいらないと言わなければいけないと思います。私はレイチェルのこの言葉に後押しされていきました。だから私は小さなことですけれどこうしてみなさまとお話するときに、原発のこと、そして平和のことについては必ず言及しようと思っています。
この年になると絶滅危惧種なのね、戦争を知っている世代はどんどん消えています。だから絶滅危惧種は今のうちに声をあげておかなければならないのです。死んでしまったら語ることはできませんものね。だから今、小さい子たちのために絶対に平和であること、安全であることを声を大にして語り継いでいくべきです。
多少不便だって生きていけるのですよ。このごろは、あまりにも豊かに便利になりすぎているから、有り余るエネルギーがなければ生活できないと思っていますが,出来ると思います。私たちの世代は、なんにもないところで、そして腹ペコのなかでも生きてきたし結構明るく楽しかったのですから。
当時は豊かな世界があることなど知らないから、食べ物も無く、決して便利な生活ではなかったけれども、工夫して生きるといろいろな創造力が発揮されて、面白かったですよ、食べ物にしても、着るものにしても。ガスが止まっているので、火をおこすにはどうすれば良いかとか、お風呂がさめないように入るには,蓋を少しだけ開けて首だけ出して暖まるとか、知恵を働かせて結構面白かったと思う。いまは喜んでしたくはないけれども、そのようしてここまできたっていうことは、人間の可能性だと思います。
自動車がなくたっていいの、とことこ歩きましょう、それから、クリエイティブに、自然と向き合っているといろんな想像力と創造性を開拓できます。多くの芸術だってほとんどが自然を切り取って、インスピレーションを得ているのですから、素朴にそして質素に、そして平和で健康で生きていきたいと思っています。
『沈黙の春』の最終章は〝べつの道″と言います。そこにはこのように書かれてあります。
「私たちは、いまや分かれ道にいる。(中略)どちらの道を選ぶべきか、いまさら迷うまでもない。長いあいだ旅をしてきた道は、すばらしい高速道路で、すごいスピードに酔うこともできるが、私たちはだまされているのだ。その行きつく先は、禍いであり破滅だ。もう一つの道は、〝あまり人もいかない″が、この分れ道を行くときこそ、私たちの住んでいるこの地球の安全を守れる、最後の、唯一のチャンスがあるといえよう。とにかく、どちらの道をとるか、きめなければならないのは私たちなのだ。」
私は、その、〝べつの道″を歩く勇気というものをもって、これから生きていきたいと思っています。ありがとうございました。

 

【おはなしを終えて】
園長:上遠先生、ありがとうございました。
先生のお話を、私も食べ物のない時代に育っているので、共感して聞いていました。
大切なのは、子どものとき、幼児のときですよね。やはり、この幼稚園の子どもたちが、いろいろ体験したことは、もしかしたら死ぬまで消えないかもしれない。
上遠:そうですよ、ここは本当に、素晴らしい環境ですからね。
園長:非常に平凡なんだけれども、探すと面白いものがたくさんあるんですよね。
私がこれからもう少し勉強したいのは、土木なんです。幼稚園の子どもたちが、土とか水の流れとかを知れたら良いと考えていまして。先生は、土が一センチ積もるのに100年かかるって。
上遠:良い腐葉土は,でき上がるまでに100年かかるという説があります。おもしろいですね。
園長:何が残るか、ですよね。普段生活しているなかに。無駄なこともやっているし、贅沢なこともやっている。何が大事かということを知って、一番大事なものを守っていかなければいけないなと思いました。大事な大事なお話でした。

【会場から質問】
Q:『センス・オブ・ワンダー』の世界のような自然のなかで子どもを育てたい、一緒に子どもとすごしたいと思いつつ、今の暮らしは高層の、ニュータウンみたいなところでどうしてもすごさなければならない。それももしかしたら甘えで、もっと別の選択肢があるのかもしれないんですが、今はそうしたところで住み暮しています。
「ここは、子どもといっしょに生活する場所なのかなあ」という戸惑いが日々、あるのですが、それはたとえば、いっしょにベランダで植物を育てるとか木を観るとかで、子どものセンス・オブ・ワンダーには事足りるのかなと、母親としての葛藤があります。先生はどう思われますか。
上遠:そうですよね。みんながみんな、こんなロジャーとカーソンが暮しているみたいなところに行くわけにはいかないから。私はいつも思うのですけれども、大自然ではなくても、中自然でも小自然でも、いまおっしゃったようなベランダの植木鉢ひとつだったとしてもね、子どもといっしょに体験すればいいと思います。よくいうのですけれど、「定点観測」は天体でやるけれども私たちは「定点観察」をしましょうと。たとえば、散歩する途中の、あそこのおうちの庭の、あの木を観ようって決めて、通るたびにのぞいて変化を子どもといっしょに話し合うとか、空き地のこの隅っこをいつも見ようとか、ベランダの植木鉢で種をまいて芽が出てきたね、虫がついたよ、とか。けっこうベランダでも虫が食べちゃうことあるのですよ。
都会では、そういう本当に小さなことしかできないかもしれないけれど、それをいっしょに経験すると、お互い話し合いができて、自然の生きものや虫を仲立ちにして、親子の話、コミュニケーションができていくということがあると思います。
たとえば定点観察をお父さんとやっていた子どもが、それまで知らなかったけれど案外お父さんは毛虫が怖いのだということが分かって、すごく喜んで、かえっておとうさんと親近感が湧いて、「ぼくのほうが強いんだ!」っていうことがわかった、ということがありますから。なんか小さななことでいいと思いますけれども。鈴虫を育ててみるとかね。
いろいろおもしろいこといっぱい、探しましょうよ。大自然にたびたびいくのは、無理よね。それに、かえって大自然ばっかりだとだめなのですよ、このあいだ北海道の幼稚園に行ったのですけれど、見えているのに広すぎて大自然まで行くのに、時間がかかりすぎるのですって。だからこのくらいがいいのかもしれません。車を使わなきゃいけないところもしんどいなと思いました、だからいろんな楽しみ方、工夫してやってみてください。

―ありがとうございました。

Profile

上遠恵子
1929年生まれ。エッセイスト、レイチェル・カーソン日本協会会長。東京大学農学部農芸化学科研究室、社団法人日本農芸化学会、植物科学調節学会勤務を経て、88年レイチェル・カーソン日本協会を設立。訳書にレイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』、『潮風の下で』、『海辺』などがある。