#019 末永美紀子さん

5.保育園からはじめる変革

園内の様子

―出産を機に、看護師として病院で働くことを辞め、保育園を立ち上げたそうですね。全く未経験の業態の立ち上げ、しかも、一般的な保育園ではなく、“共生保育”という新しいやり方を取り入れるのは、大変ではありませんでしたか?

末永:私の看護師としての経験を活かせるとしたら、制度の狭間に落ちている子どもとその家族に、違う保育のあり方を提示することだと思いました。
医療的ケアの必要な子どもは、24時間365日のケアを必要とするのに、保育園には入ることができないんです。家庭で24時間365日、医療的な観察やケアをしなくてはならない。もし家族がそれをできなければ、結果的に、子どもは病院や児童養護施設に預けっぱなしになったり、場合によっては、緩慢な死への道をたどることになる。私は、そういう子どもたちが生きていける世の中が欲しかったんです。

―病院で働いていたときには、そういったことはできなかったのですか?

末永:そうですね…私はあの時、何も言わなかったし、何もできなかったです。お母さんとも一言も話さなかった。話せなかった。

―それは“そういう権限がなかった”ということですか?

末永:どうなんでしょう…話しかける機会はあったはずです。短期間とはいえ、実際にお会いしていますし。でもかけるべき言葉も見つけられず、そこに一緒にいることも、私にはできませんでした。そうすることがいいことなのかも分かりませんでした。もちろん、保護者の決定を問い直すなんて、できませんでした。

お腹にいるうちに殺される子もいる。生まれてきて殺される子もいる。何が違うんだろう?と考えてきました。この問いは、今も続いています。
この子は、障がいの程度が軽いから生かしてもらえそうな感じがする。一方で、そうじゃない子もいる。
もしも目の前のこの子を救えたとしたら、それは確かにドラマみたいでかっこいい。でもそれは「命を選別したことには変わらないんじゃないですか?」と言われたら、そうなんです。「障がいの程度が軽かったから救う。ほぼ正常に戻りそうだから救う。そうじゃない子は、何も手を下さないことにしているんですよね?」と言われたら、本当にそうかもしれない。医療の現場では、そういう判断がなされることは、現実には存在しているんです。

病気のために3歳くらいまでしか生きられないだろうと言われていた子のカルテの治療方針に「愛護的」と書かれていて、ショックを受けたことがあります。愛護的というのは、「丁寧に、保護的に」という意味ですが、治療方針としては「手術などの積極的な治療はせず、ただ、流れに任せる」ということです。もしも口蓋裂があってごはんが上手に食べられなくても、よだれが流れっぱなしでも、手術はしない。心臓が悪くても治さない。
「愛護的」とされて育ったあるお子さんの中には、その後大きくなることができて、養護学校に通う子もいます。でも「愛護的」という判断をして、小さい頃に手術をしなかったので、もう手術ができないんです。心臓を早くに治療しなかったから全身麻酔がかけられない。

病院で働いていた頃、「愛護的」とされて、色々な手術をしないまま大きくなった子どもたちが時々入院してきていました。家で毎日ケアしているお母さんが体調を崩したとき、数日だけでも休ませるために、本来は入院するほどでなくても、子どもが体調を崩していれば入院させるのです。愛護的とされ、手術をしないまま大きくなった子どもを見ていると、複雑な気持ちでした。この子たちに対して行われたことと、また別の「愛護的」とされた子に行われたことの、何が違うんだろう?って。あの子は手術をしなかったために短期間の命だった、この子は何年もこんな想いをして生きている。

ある先生からこんな話をお聞きしました。心臓と肺が悪いのに、手術などの積極的な治療を受けないまま、学校に行ける年齢になった子どもがいるそうです。その子は、常に酸素ボンベが必要で、ごはんも全部チューブで入れてもらいながら、学校に通っています。その子は、言葉はしゃべれないけれど、いろんなことが分かっているみたいで、どんなに体調が悪くても「学校に行きたい」と一生懸命、意思表示するそうです。なぜか分かりますか?

―なぜでしょう?

末永:学校に行くと酸素がもらえるからです。どういう意味か分かりますか?

―(家では酸素はもらえないということだろうか…)

末永:こういう言い方は間違っているかもしれないけれど、一方の見方からすると、親はその子に自分の人生を奪われているんです。ゆっくり眠れない、働けない、もちろん、旅行なんて行けない。兄弟児もおなじようにさまざまな機会を逸失していることも珍しくない。「保育園落ちた、日本死ね」のムーブメントをニュースで見た時に、「そんなこと、何度も思ったわよ!」という、障がい児の親はいっぱいいたと思います。「障がい児うまれた、日本死ね!」って言えないし、言ったところで、他の人たちには想像できないし、理解してもらえない。どうしようもなくて、時に、わが子に「どうか、このまま天へ帰ってください」と思う親もいるんです。

―家族だけで、全てのケアをするのは無理がありますね。でも、家族がそれをできなければ、そのひずみは子どもにあらわれてしまう

末永: 乳児院に行くと、人工呼吸器が何台も稼働しているんです。障害があるために、家族と暮らせない子どもがたくさんいます1

この状況を変えるために、何ができるかを考えた時に、それは親にお説教することではないと思ったんです。
24時間365日のケアを必要とするのに、保育園に入ることができなかった医療的ケアの必要な子どもたちも通える保育園が必要だと感じました。

―医療的ケアの必要な子どもの“ための”保育園ではなく、医療的ケアが必要な子ども“も”通える保育園なのですね。

末永:子どものころから、ケアが必要な子ども達と日常的に接して、仲間だと思って育っていったら、 “病気や障がいがあれば不幸に決まっている”という決めつけをしなくて済むんじゃないか?そういう、子どもへの働きかけができると思いました。
それから、もうひとつは、保育園は両親やおじいちゃんおばあちゃんが迎えにくる場です。しかも幼稚園のように決まった時間に帰るのではなく、子どもたちが遊んでいるただなかに保護者が入ってくる。もし、その場で、わが子が、チューブをつけている子や吸引中の子たちと一緒に、あたり前に過ごしている姿を見たらどうでしょう?もしも次に生まれてくる子どもが障がいを持っていたとしても、その経験によって家族の選択が変わるかもしれません。
医療的なケアが必要な子どもが保育園に通えるだけではなく、こういった変化を創っていくことも、私たちのチャレンジなんです。

  1. 「児童養護施設入所児童等調査結果」(厚労省平成25年調査)によると、乳児院に入所する子どもの28.2%に障がいがある

Profile

末永美紀子(すえながみきこ)

特定非営利活動法人こどもコミュニティケア代表理事。
看護師として大学病院・こども病院に勤務した後、2004年に認可外保育園を開園。現在は、3つの保育施設と障害児通所支援施設を運営している。保育園では、先天性疾患や障がいのある子どもと健康不安のない子どもが共に育つ「共生保育」を行っている。