# 016 信友智子さん

6.魔法はひとつ

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秋月でのお産について、どんなふうに考えられていますか。

助産は茶の間から立脚したもので、日常の延長にあったはずですから、秋月養生処には受付はなくて、私の暮らしの中にお産があります。マザークラスも、宿泊型で言葉で伝えるだけではなくて、一緒に料理したり、運動したりすることで、より深くその人の中に染み込んでいくと思うんですね。そうした経験が、母となる女性や家族の原風景のようなものとして刻まれていけばいいなと思います。そして、その先には、社会とつながり、何か行動を起こしていくような変化が彼らの中に生まれていくのではないかなと期待しています。

「助産は茶の間から」というのは、現在の医療モデルの中の助産師のイメージと距離があるように感じます。

いま助産師は、医師を助ける人になってしまっているけど、本来はそうじゃない。助産師を意味する「midwife」の語源は、「with woman」です。助産師は特殊な医療者で、産婦さんを全身全霊で受け止める。全部委ねられるし、全部感じ取れる。そういう関係を育んでいく中で、お産を司るホルモンであるオキシトシンがよく働くようになって、気持ちのよいお産、味わい深いお産になっていく。究極には、助産師の魔法って、そういう関係性をつくっていくことの中にしかないような気がするんです。

産科医不足から、石川県など一部の自治体では「家庭医」に妊婦検診を任せる病院も出てきていると聞きました。

最初にそのニュースを聞いた時には、助産師をどこまで無視するの?と思いましたが、現在の助産師にどのくらい任せることができるか、と考えるとそのように教えられていませんから、厳しい現状があるのだと思います。助産師を目指す学生たちには、開業助産師は希少人種のように思われているようですが、いやいや、ルーツはこっちよって思うんです。助産師にとって、分娩介助は、仕事のほんの一部です。科学のポケットも持ってるけど、ごはんのことや身体と心、なにより女性そのものをしっかり学ばなければならないのが助産学なんじゃないでしょうか。女性たちがどういう価値観を持っていて、どういう暮らしをしているのか、そこにアプローチしていこうとしなければ弱いと思います。

日本の帝王切開率は19.2%1。吸引分娩や鉗子分娩、陣痛促進剤の使用を加えれば半数程度、会陰切開までを医療介入に数えれば、日本のほとんどすべての母と子がなんらかの介入を受けてのお産を経験しているといえると思います。初産年齢の高齢化に重なるようにハイリスクの妊婦も増えています。こうした現状の中で、お産の話をすることは、誰かを傷つけてしまう危険性を孕んでいるので、たとえそれが深い満足感を伴うものであっても語りにくくなっているのを感じます。

お産について語る時に、帝王切開になってしまった人の気持ちを考えて欲しいとか、母乳がでない人の気持ちを考えて欲しい、という意見は必ず出てきます。でも、それを怖がっていたら、大事なことを大事といえなくなってしまいます。人間は哺乳動物ですから、哺乳動物としてあたりまえに産んで、母乳で育てることができなくなったとしたら、それは大変なことです。自然はイデオロギーではなくて、進化してきたそのままの姿ですからね。好みの問題ではないんです。こういう話をすると、助かる生命も自然でなければ助けないのか、というような極論に飛躍してしまう人もいるんですけど、そうではなくて、生命は当然助けられてしかるべきというのは大前提としてあった上でです。

ミシェル・オダンさんは、プライマル・ヘルス・リサーチ2によって、もっと大きな動きとしてお産を捉えることが必要だと言っています。帝王切開率があがった世代の次の世代はますます帝王切開率があがるだろうし、二世代母乳が出せなかったら、三世代目も母乳は出せないだろう。ライフスタイルは遺伝していくと考えると、その結果が目に見えてきた時代に、いま私たちは生きているんだろうと思うんです。微生物学の視点では、経膣分娩で常在菌をたくさんもらった子が少なくなると将来的に社会全体の病気の罹患率が高まるのではないかということも最新の研究から言われ始めています。
個々の事柄の良し悪しの問題ではないことを前提に、大きな観点をもって、議論を成熟させていかないといけないと思います。

お話を伺って、出産に携わる仕事の重要性をますます感じています。最後に、助産の仕事のどんなところに喜びを感じるか、教えてください。

分娩介助をしている時は、生命を産み出そうとする女性がとてもきれいで、ここにずっといられたらいいのにと思うこともあります。私が産むんじゃないけど、ものすごく充実しますね。ただ、いまだに、夜中に起こされるのはきついですけど(笑)。出産は、産む女性にとっても、生まれてくる子どもにとっても、人類の未来にとっても鍵になる瞬間です。その瞬間を最初に祝福できる喜びをもって、「産」のクオリティーを女性とともに考え、行動していきたいと思っています。

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編集後記を読む

  1. 厚生労働省まとめ 平成25年我が国の保険統計28P
  2. 受胎から誕生を経て、母に依存するまでの生後一年前後までの期間をプライマル期とし、プライマル期に起こったことがその後の母親や、子にどう影響を与えるかを調査研究している

Profile

信友智子(のぶともさとこ)
助産師・春日助産院院長

開業助産師の二女として育ち、大学で助産師の資格を取得。卒業後、神奈川県の北里大学医学部付属病院産科病棟に勤務。1984年からは福岡逓信病院産婦人科病棟に勤務する傍ら、春日助産院にも勤務。2年後に病院を退職。1998年、イギリスのテムズバリー大学助産学修士コースカリキュラム終了。2005年、春日助産院の2代目院長に就任。2014年、新たな助産院の展開を目指して、同県秋月に茅葺きの家を建て、自然豊かな環境で生命を迎える「春日助産院 秋月養生処」を開院。2011年、第33回母子保健奨励賞を受賞。

春日助産院HP