#015 伊藤保子さん

2.その子の「今」に寄り添う

-先ほど「親子ルーム1を始めてから、働いていない今のお母さんたちの子育ての現状が見えてきた」とおっしゃっていましたが、どんなことですか?

伊藤:親子ルームは当初、育児不安を抱える親子に向けて始めたのだけど、虐待や保健師に連絡が必要なケースは70件中2件。支援が必要なケースはほとんどなかった。来ているお母さんたちは、子どもが「もっとこうできたらいいのに!」って+αを求めて来ていることが見えてきたんです。例えば「うちの子ごはんがきれいに食べられないんです」とかね。でもうちの保育園では手づかみ食いをさせるからもっとすごいわけ。一歳児にも自分で味噌汁を飲ませているから、もう胸のあたりに飲ませてたり(笑)

-お母さんたちびっくりされたでしょうね(笑)

伊藤:「ここひどいわ」って思う人もいただろうけど、でもこれってすごく重要で、結局二歳くらいになるとものすごく上手に食べるようになる。ものすごく基礎の、基礎の、自分の手でつかんで自分の口に運ぶっていう動作をはしょらないでしっかりやった子は、その先にスプーンが付いたときに上手に食べられる。「こぼしちゃだめよ」って言われなくても、自分でいっぱいこぼした子は自分でこぼさないように食べようとするわけ。こどもは上手にやりたいという原始の欲求や伸びる能力を持っているから。子どもが育っていくのには「その時に必要なこと」っていうのがあるのよ。
例えば、子どもが大きくなってから子どもと色々会話しながら食べるとおいしい。だけど子育て中っておいしくなかった。その頃って「子どもにいっぱい食べさせなきゃ」「きれいに食べさせなきゃ」ってしつけの方が頭にあって、子どもに食事を楽しませようって思えていなかったの。で、子どもが大きくなって自分で食べられるようになってから「食事は楽しく食べるのがいいんだ」って言っても遅いんだよね。子どもが小さいころから、落としたり汚したりすることを認めて「おいしいね」って言わないと。
私たちも保育を通じて自分たちの子育ての間違いを確認したりしていたのだけど、それにしても当時親子ルームに通っているお母さんたちは子どもたちに非常に高い要求をしていた。子どもが子どもとして育つことを認めていない方が多くて、こりゃ親も子も窮屈だわって感じた。保育という業態で子どもを見ていると、子どもって放っておいても自分で学ぶんだって気づかされるの。しかも大人には及ばないようなことを学んでいくわけ。

-ええ、ありますね。

伊藤:ある時4歳児がけんかしていて、私たちそれを見ていたの。どんどんエスカレートしてそろそろやばいかなって思った時に、そのうちの一人が「俺が悪いとは思わないけれど、ごめんな。」って言ったの。そしたらもう一人も「俺も悪いことしたとは思わないけれど、お前とけんかしているのは嫌だからごめんな。」って。大人が介入して「仲よくしなさい。ごめんなさいは?」って言わなくても、自分たちの正直な気持ちを主張しながらきちんと解決して、また一緒に遊び始めたの。大人の想像を超えたすごさを子どもは持っていると思う。多分、あの子たち遭難して最後のおにぎりがあった時に「俺も食いたいけれどお前が死ぬと困るから半分やるよ」って言うわよ。大人が「助け合いなさい」って言わなくても、ちゃんと関係が作れていれば子ども同士自然と助け合う。大人は結局は、子どもの援助をして待つことしかできないのよね。

-お話伺っていると、伊藤さんが“子どもが自分で育つ力”に対して強く信頼されているのを感じます。

伊藤:あなた、子どもの権利条約読んだことある?すごいわよ。子どもには意思表明の権利がある。思想の自由がある。信仰の自由もある。子どもは大人が持っている権利をなんでも持っている。だとしたら、私たちはなんという権利侵害をしているのだろうって思うの。大人と子どもの力関係って男と女の力関係に似ているわよね。

-どういうことですか?

伊藤:いくら男女平等だと言っても、男性の方が力が強い。女性の意識の中でも「主人に相談してみます」とか、未熟な男性だと「俺の稼ぎの方が多い」とか「誰が養ってやってるんだ!」なんてのもある。だいたいイクメンなんて言葉も、そんな言葉を創らなくてはならないのは、そういう考えがそもそもなかったからでしょう?
大人が、さも分かったかのように「子どものため」と言うけれど、実は大人の都合ということもあるじゃない。そう言われると子どもは、口答えは達者じゃないし、最後は力で抑えつける大人もいるから、従うしかない。そもそも大人の言葉通りに、子どもがよりよく育つと思っていること自体おかしいわよ。よりよく育つような環境設定は必要だけど、大人の言葉通りに育つことが目標になっちゃうのは違うよね。たくさんの可能性を持った子供を、わざわざ親や教師の価値観や示す道に押し込める必要はなくて、この子がこの子として伸びていくことを支援することを私たちはやりたい。小さい時から、自分が人として大事にされたとか、自分の持っている可能性を受容されたって経験が子どもの中にちゃんとあれば、何かあった時にも、子どもはちゃんと大人の話も聞くと思うの。そしてこれは、まずは権力を持っている側が、自分が権力を持っていることを自覚して、変わらなくちゃいけない。無意識でいたら、子どもがその子として生きる権利を守れないわよ。

パパも大活躍どろんこ遊び
保護者も参加して、どろんこ遊び
  1. 地域の親子に保育園体験をしてもらう事業

Profile


伊藤保子さん
特定非営利活動法人さくらんぼ理事長。横浜市で小規模保育を中心に6園の保育室を運営。その他にも瀬谷区地域子育て支援拠点「にこてらす」や派遣事業「子育てなんくる応援団」など、様々なやり方で地域の子育て支援に携わっている。全国小規模保育協議会の理事も務めている。

特定非営利活動法人さくらんぼ
http://www.sakuranbo.or.jp/