#012 多田千尋さん

#012 多田千尋さん

3.楽しさを生み出す力を

—しかし世の中には、「教育玩具」「知育玩具」というおもちゃがあふれているように感じますし、親にしてみればその誘惑は、非常に強いですよね。

多田:ある意味、そういう流れはずっとあるんですよ。
たとえば僕が小学校のとき、ピアノを買うことが流行った時代があったの。みーんな月賦でピアノ買ってさ、狭い家に置いてね。でもほとんどの家庭が、たぶん「ピアノ引き取ります」とかいうCM見て、売ったでしょう(笑)。百科事典ブームっていうのもあったなあ。買い揃えたは良いけど、こっちは古本屋すら引き取ってくれないっていうありさまで。

—(笑)。

多田:ただ、ここでもう一つ大事なのはね、「おもちゃの責任論」はどうなのかっていうこと。
私は、ピアノや百科辞典やおもちゃの責任は、2割ぐらいだと思うんです。人間様の責任が8割。教育的なプレゼンがとても上手なお父さんなら、河原の石ころだって教育に役立つ玩具になるけれど、ぜんぜん冴えないお父さんだったら、30万円くらいの立派な教材を買ってきたって、なんの役にも立たない。でも、それはその教材がダメだったわけじゃなく、それを使いこなせなかった人間の責任ですよね。
家庭のなかに英語なら英語の文化が根付いていて、親の理解もあるような環境だったら、教育を謳うおもちゃだってきっと、良い活躍をしてくれるはずです。でもそうでなければ、黙っていて子どもが勝手に遊んでどうにかなるものではない。おもちゃなんて、それくらいのものだって最初から思っておいたほうがいいですよ。
一方で今、ちょっと「行き過ぎ」を危惧しているおもちゃがあります。携帯電話のアプリも含めた「デジタルゲーム」です。

—「デジタルゲーム」のどんなところが問題とお考えですか。

多田:先ほどの教育玩具も含め、ほとんどのおもちゃは少なからず、人間からの働きかけや、遊ぼうとする気持ちを必要とする「能動性」を求める存在なんです。でもデジタルゲームって、本当に手厚いケアをしてくれるものでね。人間のほうが能動的に動かなくても、受動的に、待ちの姿勢であっても、先方さんからさまざまな情報がどんどん来る。こちらはその先方からやってくるものをどう対処するか、どうクリアしていくかっていうことで、いつの間にか「動かされて」いくわけです。

—能動的な遊びと、受動的な遊びは、どんな風に異なるのでしょう。

多田:楽しさを自分で生み出すのか、あらかじめある楽しさを受け入れるか、という違い。それは音楽でいうと、自分でバンドを組んで演奏するプレイヤーになるか、チケットを買ってそのライブを聴くリスナーになるのか、そのくらいの違いです。
で、子どもは本来みんな、プレイヤーなんですよ。とくに0歳から6歳の「前期子ども期」は、人生において最初でありもっとも大切な、遊びの天才期。あらゆるものに立ち向かって、自分から楽しんでやろうっていう力がものすごくあるときなんですよね。この時期に、リスナー的な、受動ばかりが過度に進みすぎちゃうと、楽しいものを創り出す力が、ものすごく欠落していくんじゃないかっていう気がするんです。

東京おもちゃ美術館

—そもそも論で申し訳ないのですが、なぜ、「子どもは遊びの天才」なんでしょうか? 仕事する必要がないから?そういうことではないですよね。

多田:うん、28とか35歳くらいの人を「明日から何もしないでいいですよ」って、そういう環境においても、遊びの天才にはなれないって想像つきますよね。

—はい。

多田:僕が一番感じるのは、「繰り返しを楽しむ天才」っていうことかな。これは大人にはない才能です。砂場で一週間ぶっ続けで遊んでも感動できちゃう。毎日同じ絵本を読んでもらっても、オチがわかってるのに、楽しめちゃう。でもね、この楽しみが決してマンネリ化していないし、惰性になっていないんだよね。いつも新鮮な「繰り返し」なんです。昨日の「おおきなかぶ」と今日の「おおきなかぶ」は、彼らにとって違うんだろうねきっと。そしてまた、一週間後の大きなかぶも違ってね。

二つ目は、「聞きたがりの天才」。なんでもかんでも聞く。「どうして?」「どこいくの?」って、なんでも聞いてくる。これも遊びの一流プレイヤーの共通要件である気がします。
ただそういうことを言うと、どこかの先生かなにかが「それは、子どもにはあふれるような好奇心があるからだ」って言ったりするけれど、これは僕はぜんぜんうそっぱちだと思っていてね。そんなんじゃなく、子どもは人と関わりたいっていうほうが大きいんだと思う。ぶっきらぼうに質問口調になっちゃってるかもしれないけれど、真実を知りたいとかじゃなく、一緒にいたい、関わりあいたい、そっちのほうが上なんじゃないのかな。
そんな彼らが「プレイヤー」として、思い切り遊んでおくことで、その先も「楽しさ」を創り出す力が育まれていくんだと思う。この時期に、子どもを受動的にしておくなんて、「もったいない」んですよ。本当にもったいないなあと、強く思いますね。

プロフィール

多田 千尋(ただ ちひろ)1961年東京生まれ。明治大学卒業後、ロシア・プーシキン大学に留学し、幼児教育、児童文化を学ぶ。芸術教育研究所所長、東京おもちゃ美術館館長、高齢者アクティビティ開発センターの代表を務めるほか、認定NPO法人日本グッド・トイ委員会理事長、早稲田大学福祉文化論講師でもある。著書は『遊びが育てる世代間交流』『世界の玩具辞典』など多数。

Index

  1. 関わり方で、役割は変わる
  2. 生きることは遊ぶこと
  3. 楽しさを生み出す力を
  4. 「社会的装置」として引き継ぐ
  5. おもちゃなんていらない

インタビュー日:2013.11.1 @四谷・東京おもちゃ美術館
インタビュアー:玉木美企子

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