#010 本城慎之介さん

#010 本城慎之介さん

生き延びるための教育

#010 本城慎之介さん インタビュー

本城さんを訪ねて、軽井沢の森のようちえん「ぴっぴ」を訪れたのは一月末。一面雪景色の静かな森の中に、色とりどりのスキーウェアを身にまとった子どもたちが集まりはじめると、途端におごそかな森の雰囲気が一変します。遊具やおもちゃがなくても、広々としたフィールドで自在に遊びはじめ、保育者は大きな木のようにおおらかでたくましい存在感を持ちながら、子どもたちを見守ります。ぴっぴの保育者は、自然体で子どもに関わり、それぞれ違う個性を持ちながら、どこにも無理がない。人も環境のひとつと考えると、子どもたちにとってこれ以上ない環境ではないだろうかと驚きをもって受け止めました。
大学院生の時に楽天の創業に参画し、取締役副社長を経て、30歳の時に教育に軸足を移した本城さんが、ぴっぴに保育者として関わりはじめたのは4年前のこと。全寮制の中高一貫校をつくることを目指していたところ、ぴっぴに出会い、大きな方向転換をされました。そこでどんなことを考えたのか。じっくりお話をお聞きしました。

1.「遠く」よりも「深く」

05 _s

森のようちえん「ぴっぴ」のスタッフになられた経緯を教えて下さい。

本城:自分の子どもが通う幼稚園の候補のひとつとして、ぴっぴを見学した日の出来事がきっかけでした。皆でたき火を囲みながらのお昼ごはんの時間に、3歳になったばかりのある男の子が濡れた手袋を外し、それを乾かすためにたき火の周りの石の上に置いたんです。明らかに手袋に火が燃え移ってしまう距離感でした。スタッフの人たちはそのことに気付いていたけれど、何も言わなかったんですね。案の定、手袋は焦げてしまい、男の子は泣いてしまった。僕が「やっぱり焦げましたね」とスタッフのひとりに言うと「そうですね。でもね、先週は燃やしちゃったんですよ」と言われたんです。つまり、前回は手袋が燃えるまで見守って、今日は焦げるまで見守ったんですね。 男の子は、前回失敗したおかげで、火の距離感がだんだんつかめてきて、燃やすから焦がすに変わり、次回はきっと焦がさずに手袋を乾かせるようになる。子どもの失敗を見守って、何度も挑戦させてあげるという関わりの豊かさに、ガツンと頭を叩かれたような気がしました。その出来事が、僕の中で眠っていた違和感を起こしたんでしょうね。ある昔話にお姫様が本物かどうかを試すために、ベッドの下にちいさな豆をおいて、よく眠れたかどうかを尋ねる、という場面があるんですけど、たとえ、ちいさな豆だったとしても、違和感を感じてしまうと眠れないのと同じで、手袋焦げちゃった事件で、それまで目標にしていた全寮制の中高一貫性の学校づくりへの違和感に気付いてしまったわけです。それから、ぴっぴで現場を徹底的に深めたいと思うようになりました。

―エリートを養成する中高一貫校から「ぴっぴ」へ、ものすごく大きな変化ですね。

本城:時代をひっぱっていくようなリーダーを育てていく全寮制の中高一貫校が、日本や世界にとって、必要だと思っている自分は確かにいたんですけど、心底それを信じられていたかというと、そうでなかったんだと思います。結局、自分がどう見られたいとか、社会的影響力を持ちたいとか、もっと大きなことをしなければとか、そういういろんなことが影響した中で「教育」を見ていたんだと思います。
ぴっぴに出会って、きれいな花や実が早くたくさん咲きますように、という考えから、目に見えないけれど大切な根っこが深く、広くはることの方が大事なんじゃないかということに気がついたんですね。いまは現場のひとつひとつの動きにこだわって、ひとりひとりの子どもたちの人生に深く、丁寧に関われるような人間になりたいと思っています。周りの人からはいろんなことを言われますけどね。自分では、最先端の最前線にいると思っているんですけど。

屋外で歌をうたい、絵本を読む朝の会

屋外で歌をうたい、絵本を読む朝の会

―実際に本城さんのぴっぴでの様子を拝見して、森と子どもたちに自然に溶け込まれているなと感じました。「深く、丁寧に」というところに強い意志を感じますが、そこに重点を置かれる理由について聞かせて下さい。

本城:ある人から「お金を持っているってどういうことですか?」って、質問を受けたことがあって、その時はうまく応えられなかったんですけど、いまその応えとして、ひとつ言えるのは、お金を持っていると、遠くのものには手が届くんです。プライベートジェットで、快適に短時間で世界一周旅行にだっていけるし、宇宙旅行にだっていける。会いたい人にだって会える。僕自身も、お金のおかげで遠いところには手が届くという感覚はあるんですね。でも、お金があっても、深いところには、手が届かないんです。世界一周旅行にいったとして、どれだけの人と本当に仲良くなれるかというと、お金なんて関係ない。むしろ、お金がハードルになることだってある。僕は、遠くのものに手が届くよりも、深いところに手が届くことの方が、人間にとって、より大事なことなんじゃないかと思っているんです。だから、ひとつひとつに丁寧に向きあうような生き方ができたらいいなと思っています。

プロフィール

本城 慎之介(ほんじょう しんのすけ)森のようちえん ぴっぴ 保育者

1972年北海道生まれ。大学院生時代に楽天株式会社の創業に参画し、取締役副社長を務める。その後、公立中学校長を務めるなど教育を軸に活動。2009年から長野県軽井沢町にある「森のようちえんぴっぴ」で保育者として活動。その他、学校法人や奨学財団の理事等も務めている。1女4男の父。

Index

  1. 「遠く」よりも「深く」
  2.  気持ちに寄り添う
  3.  過不足なく関わる
  4.  自分との約束
  5.  全速力で逃げる

インタビュー日:2013.2.8
インタビュアー:遠藤 綾

COMMENT ON FACEBOOK

最近のお知らせ/ブログ