お産日記

お産日記

10月30日赤ちゃんが生まれてきてくれた。

出産前日の夜、臨月になってあまり動かなくなっていたお腹の子が特別によく動いた。いよいよという予感を抱えながら、お昼すぎから近所を2時間程散歩して、家に戻ると兆候があり、まずは腹ごしらえと台所に立つ。夫と長男、そしてその日泊まりに来る予定だった友人で写真家の酒井さんが帰宅し、皆でお鍋を囲んでから車に乗り込んだ。酒井さんとは「お産の写真、撮れるといいね」と希望的に話していたけれど、こんなにいいタイミングでその日がやってくるとは思いもよらず。幸運なことに、お産の過程を撮影してもらうことになった。

車内、陣痛は7分おき。その合間に仕事仲間に気になることを引き継いだり、お茶を飲んだり、子どもと歌ったりしていた。陣痛は、前回同様、「痛」という感じではなく、寄せては返す波の中で漂っているような感覚。いよいよお産がはじまるのだという高揚感で満たされていた。

20時過ぎ。自宅から45分程で春日助産院秋月養生処に到着。窓の外にはただ暗闇があるだけで、その先に朧月が浮かんでいた。ガラガラと扉を開けたら、智子先生がきりりとした表情をして待っていてくれた。少し陣痛が遠退いたので、検診後お風呂に入って、子どもとみかんを食べたりしながら、まだまだな感じの陣痛の合間を過ごす。そろそろ眠くなってきた子を夫が隣の部屋で寝かしつける。

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助産院到着後、お風呂の準備をしている。まだ余裕な表情の長男。

 

23時。助産院について3時間が経過。柴犬のモモちゃんの遠吠えが聞こえてくる。「そういえば、はじめてのお産の時も、いよいよという時に犬の遠吠えが聞こえたんだった。先生が飼っていた犬はコーギーだった」などと頭の中で考えている。その間ずっと、お茶をいれてくれたり、腰をさすってくれたり、先生やサポートの助産師さん、そして夫が支えてくれる。ゆっくりと赤ちゃんが降りてくるのがわかる。前回のような、だるま落としのような降り方ではなく、慎重で着実な感じ。分娩監視装置をつけていないので、わたしの呼吸と風の音、獣の鳴き声しか聞こえない。とても静か。時折ドップラーで智子先生が、赤ちゃんの心音を確かめる。深夜2時頃、フロアライトを消そうかと提案してくれて、部屋は全くの暗闇になる。それから、降りてくるのが早まった。もうそろそろだからと、夫に子どもと友人を起こしてもらうようにお願いする。

明け方4時。赤ちゃんの強い力で立ち上がりたくなるような衝動を覚える。布団の上で横向きになっていたが、クッションと夫に支えられて四つん這いになる。長男はどんなふうに見ているのだろうと、枕元を見ると、いまにも泣き出しそうな顔つきをしている。これまでのどんな涙とも違う、寂しいのでも、痛いのでもない涙。

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眠たい目をこすりながら対面したはじめての経験に、なんとも言えない表情を浮かべている。

 

いよいよ赤ちゃんの力が高まって、赤ちゃんと一緒に波に乗る感じでわーっと叫ぶ。バシャっと勢い良く水の塊が落ちる音がしたと思ったら、赤ちゃんの頭が出た。そこからはあっという間にどどっと肩が出て、ほぼ同時に全身がするりと出てくるのがわかる。途中で智子先生から「頭出てきたけど触る?」と聞かれたけど、「集中します!」と答えて、今回もやっぱりそれどころではなかった。産声をあげた赤ちゃんは、へその緒でつながったまま、羊水で濡れたほかほかの身体ですぐにわたしの腕の中にやってきた。新生児のたとえようもないほど見事な存在感を前に、全身がふるえる。

一息ついたところで、仰向けに寝て胸の上に赤ちゃんを抱っこする。智子先生が「さあ、女の子かな、男の子かな?」と赤ちゃんを抱き上げるとみんなが歓声をあげた。女の子だった。わたしは不思議と産道を降りてくる過程で「女の子だ」と感じていた。

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少し落ち着いたところで、気持ちを落ち着かせたいのか隣の部屋に移動するも、やっぱり気になる。

わたしたちは、妊娠中、性別を教えないでくださいとお願いしていた。そうしようと考えるようになったのは、最初のお産でお世話になった大野明子先生の影響が大きい。お産は、一生懸命努力していても何があるかわからない。最終的には「祈る」しかないのだから、その姿勢の現れとして「性別を聞かない」ことを、わたしはお守りのようにしていた気がする。今回もそうして本当によかったと思う。

まだへその緒がつながったままで、赤ちゃんを抱いたままじっとしていると、おなかにあたたかいものが流れた。はじめてのおしっこ。
赤ちゃんが自分で探し当てるようにして上手に初乳を飲んだ後、動きを止めたへその諸(生まれてからしばらくは、まだへその緒も動いている)に夫がハサミをいれる。そのあたりの順序は頭がぼんやりしていてはっきりしないけれど、全てが穏やかだった。睡眠をとってから、7時頃におなかが空いて、朝ごはんを部屋に運んでもらって、はうような格好でむさぼるように食べた。確かごはんをおかわりした気がする。

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できたてほやほやの秋月養生処。出産当日の朝の風景。ここでの5人目の赤ちゃんだった。

 

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お産の部屋から漏れる仄かな灯り。入院中よくこの菊の花が見ていた。

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産後5日間の入院中、毎日の食事が楽しみだった。なにしろ入院しているのはわたし一人なので、わたしの体調を見ながら、胃腸の回復や母乳のことを考慮したごはんをつくってもらえる。こんな贅沢なことはないと思う。加えて、少し回復してからは智子先生やご主人で医師の信友先生とテーブルを囲むこともあり、そこで交わされる「子育て」や「医療」「お産」などをめぐるおしゃべりで、さらに食事の時間が楽しみになった。5日間の間ずっと、智子先生の家で休ませてもらっている、という感覚が離れなかった。心から信頼する人のプライベートな空間の中でわたしと赤ちゃんは守られていて、困っていることやこうしたいという要望も包み隠さず伝えられる。その絶対的な安心感は何にも代えがたい。こういうことも含めて「助産」であると先生は考えているのではないかなと、そんなことも思わされた。そして、呼吸する茅葺屋根の家がもたらしてくれる自然との一体感。雨の音も普通の家とは違う。家の中にいても土や草の匂い、虫や鳥の呼吸も感じられるようだった。家の外に出られない産後直後は、精神的にも肉体的にもきついし、体力を回復させようとほとんど死んだように眠るのと赤ちゃんのお世話で手一杯な上に、些細なことで心がいっぱいになってしまうような脆い状態に追い込まれる。そういう中で、無機質な空間にいるのと、自然とのつながりを感じられる空間にいるのとでは、随分違う。自然と家とが一体となり、自然とわたしが一体となる。そういう日本人の持つ自然観、人間観を茅葺き屋根の下で体験することができた。

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家族で迎えた新しい家族。
退院の日、久しぶりに屋外に出ると、太陽の光がはじめてみるみたいにまぶしかった。
迎えに来てくれた長男が言った。「きょうから、ぼくたち よにんかぞくだね」

(遠藤)

写真:酒井咲帆(albus)

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